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流れるように流れない

イラストレーターます子の、考えたこと、気づいたこと

自分だけの自分を見つめる、カウンセリングの大切な時間

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すごくお久しぶりになってしまいました。前回書いたときからあっという間に寒くなり、年が明け、2017年の1月も終わろうとしています。わあ!

 

わたしはといえば、毎日双極性障害Ⅱ型で上がったり下がったりしながら暮らしています。最近はお仕事の面でも充実してきて(ありがとうございます!)わたしにもできることがある、と嬉しさをかみしめながら絵を描いたりものをつくったりしています。

 

その中で、毎週(祝日・年末年始以外)病院の診察と、病院内のカウンセリングに欠かさず通っているのですが、色々と変化がありました。対話式の、いわゆる普通のカウンセリング(カウンセラーさんが話を聞いてくれながら、時折深く掘ったり、話題を振ってきたりする)から、自由連想法という手法に変わりました。

 

自由連想法という手法はカウンセラーさんに提案されてはじめて知ったのですが、カウンセラーも患者も楽にして、患者が自分の頭の中に浮かんだことをどんどんどんどん話していく、という手法です。

 

カウンセラーさんは目を閉じ、やさしい相槌をうちながら話を聞いてくれます。時折、わたしの話を聞いて思ったことを言ってくれますが、基本的には50分間、ほぼわたしひとりで喋っています。この手法に切り替えてからしばらくはなかなか慣れず、カウンセリングを終えた後不安になったり、癒されるどころか心が荒れたような感じになったり、おそらく副作用なのだと思うのですが、そんな困ったことも起きていました。

 

昔、人に教わったのですが、

「服薬はフタを閉める作業。カウンセリングはフタを開ける作業。」

なのだそうです。今その意味がだいぶわかってきました。

 

たくさん話をしてきて思ったことや学んだことはたくさんあるのですが、なによりも自分のことについてじっくりと考える50分は、今の自分には欠かせないものになりました。そこでふと、思ったことをツイートしたので引用します。

 

 

ポイントは「綿あめみたいに散り散りだった」というところです。苦しさがいろんなところにあったんです。仕事、恋愛、人間関係、自分自身のこと、暮らし…悩むことが散らばっていて、どこから手をつけていいのか分からないし、どこかがうまくいっても別のところがうまくいかなくなったり。全部それなりにできるみたいなところから程遠く、「完璧主義だよね」と言われるような白黒思考で散らばった問題たちに困り果てていて、人よりがんばらなきゃだめ(だと思いこんでいた)なのにがんばれない自分がとても嫌いでした。

 

苦しさが散らばっていると人にも頼りづらく、具体的に「これについて相談したい」という感じで言語化できることばかりではありませんでした。ただ自分がなにもできなくて辛い、がんばれなくて辛い、自分が嫌い、と泣いていることがほとんどでした。わたしを助けようとしてくれた人たちを、きっと困らせてしまっていたと思うし、今もまだそうだと思います。

 

大事なのは、「苦しくても、まとまっていること」なのかなあと今は思っています。苦しいことを主に言葉で表現できるところまでなんとかまとめる。そうしたらもやもや形の見辛い綿あめも、きゅっとまとまった飴になって、より色や形がはっきりします。自分にも人にも、わかりやすくなります。そうしたら、対処法も、活かし方も、見えてくるかなと思うのです。

 

最近カウンセリングでは、働くことについて、自分の女性性について、生活について、心の支えについて、これからの人生についてなどを話すことが多くなってきました。普通とは何か?わたしは普通でいたいのかいたくないのか、とか、最近見た夢の話をしたりもします。今のカウンセラーさんのことをとても信頼しているので、ほんとになんでも話しています。聴くプロにこれだけ話を聞いてもらえるのは、本当に貴重な体験です。

 

日々色々なことがあり、もちろん凹むこともありますが、少しずつ「今の自分でもいいのかな?」という感じで生きていけるようになってきている気がしますし「今の自分ってどういう自分だろう。たぶんこういう色ね、形ね、オッケー!そしたらこれできそうだし楽しそうだからやってみよう!」という発想も生まれるようになってきて楽しい時間も増えました。

 

 イラスト制作やデザインの仕事をしているのですが、haptic(ハプティック)という屋号で活動しています。hapticには「触り心地」という意味があって、見てくださる人をふわっと包み込むようなやさしい気持ちにしたいと思って名付けました。仕事も、人間としても、ふわっと余裕のある、やさしい形に成長していきたいな、と思う今日このごろです。そのためにも、必要なうちはカウンセリングをがんばっていきたいと思います。

どこかで誰かは見てくれていること

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季節はあっという間に変わって、夜には虫の声が聞こえて、秋の色がすこーしずつ濃くなってきました。

 

わたしはといえば、メディアにはじめて自分の文章を載せていただいたりしました。ずっと応援しているメディア、soarでの記事です。

soar-world.com

実際に反響をとてもたくさんいただき、「わたしもこれかもしれない、と治療をはじめました」という方もいました。病気のことを知ってもらったこともありがたかったのですが、それだけでなく、「気分の波とどうやって付き合うか」とか「自分のことが好きになれない、自信がない」という方々にも届いたようです。普遍的な内容にもしたかったので嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

 

そして、実際に声をあげてメッセージを送る形ではなくわたしを応援してくれていた方々のことを知りました。自分の思わぬところで、見てくれている人たちがいたのです。普段はなかなか知り得ないけれど、自分のつくったものは、きちんと世の中に届いているんだ、と実感しました。わたしは見守られていたんですね。気づかなくて、ごめんなさい。いつも一人で黙々とやっていることが多い仕事柄、そして気分の上がり下がりでよくあれこれ見失う性質上、とても嬉しかったです。

 

「一人じゃないよ、見守ってるよ」というメッセージは、今まで頼ってきた人たちがよく口にしてくれていました。それでもわたしは、「ほかの人」ではなく「自分」が信じられなくて、自分はそんな風に寄り添ってもらえるような人ではないと思って、孤独感を少しも埋められずにいることがよくありました。

 

今少し気分が上がっているときだからこう考えられるのかもしれませんが、気分が上がっているときの思考も自分の一部なのだから、思い至った今、書き記しておきます。

 

どこかで誰かは見てくれている。なつかしいあの人も、いつか会う人も、会いたいあの人も、きっと見てくれているから、だからわたしは大丈夫。みんな、大丈夫なんだと思います。

精神障害者手帳をもらってきて、思った。

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というわけで、もらってきました精神障害者手帳。

 

先日交付のお知らせが届き、その時点では等級などはわからないものの「ああ、申請通ったんだなぁ」と思い一週間ほど。指定された日時に、雨の中午前中に行ってきました。役所近いとはいえ午前中にちゃんと行けたの奇跡だと思います。ワー!

 

 フレンドリーなおねえさんが出してきてくれた手帳に書いてあったわたしの等級は、2級。自分では「申請が通るかどうか、通っても3級かな?」となんとなーく思っていたので、そこで結構びっくりしてしまいました。通院歴が10年以上と長いところが大きいのかもしれません。お医者さんもかなりがっつり診断書を書いてくれましたし。(余談ですが診断書料金が高すぎてびびりました。あと先生の字が達筆すぎて読めませんでした、笑)

 

精神障害者手帳を持っていると、携帯の料金や、バス代や、映画代、公共料金の割引などを受けることができます。障害者枠での雇用をハローワークで紹介してもらうこともできます。(等級によって各種違いはあるようです、わたしも勉強中です)本当は自立支援制度と共にもっと早く取得しておいたほうがお財布にやさしかったと思うのですが、取得しなかったのは、ここまで通院が長く必要になると思わなかったことと、どこかで病気であると認めたくなかったことがあったのかもしれません。

 

最近とくに、自分の病気の扱い方が少しは手馴れてきたかなあと思えるようになってきたところではあります。でもそれでも「病院に行って症状を訴えなければ元気に見える人」でいたくて、うまく言えないのですが、ただ病院に行って薬をもらったりカウンセリングを受けたり、わたしの病気は病院の中で完結して欲しかったような気がしていたのです。外では元気に見える人でいたかった。元気に見えるだけでいいのです。ごく普通の人に見えれば。

 

自ら提示しなければ、障害者手帳を持っていることは第三者にはわかりません。また、更新は必要ですが、「自ら手帳を手放すこともできる」というところが決め手で、今回の取得に至りました。

 

ちょっと気分が重くなるような雨の日ではありますが、せっかく取得させてもらった手帳、有効に使わせてもらえるようにしたいと思います。最近気分が落ちていて気分を上げようと導入した三代目 J Soul BrothersのR.Y.U.S.E.I.をヘビロテです。では。

制作することは会話すること。10年前の文章から。

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ふと思い出し、美術の専門学校に通っていたころに書いた文章を読み返してみたら、今の自分にとても刺さったので、ここに残しておこうと思います。

書いたのは10年前。「興味がある作家について」というタイトルで、彫刻家の船越桂さんについて、また、そこから学んだ、自分の作品作りの志みたいなものを書いています。

 

私は立体が苦手だ。予備校の立体の課題では、いいと言われた覚えがほとんどない。
だからこそ反発するように、平面での表現にこだわってきた。鑑賞に関しても同じである。
しかし、船越桂の彫刻作品だけは私にとって特別であるらしい。

 

はじめて彼の作品と出会ったのは、天童荒太著「永遠の仔」の表紙で、であったと思う。
写真におさめられたその不思議な人物像は、ずっと私の心にひっかかっていた。
一目で衝撃を受けた、というのはあまり似つかわしくない。
なぜならそれからしばらく、彼の作品のことは頭から離れていた。
しかしその何気ない出会いは、ずっと水の深いところで泳いでいた魚がふっと水面に顔を出したように、私の何かに静かな波紋を広げていた。

 

はじめて見る作品なのに、はじめて見た気がしない。
彼の彫刻はとても個性的な外見をしているのに。
へその少し下で切れる、独特なプロポーションの人物像。
ぱっと見日本人ではないような、日本人のような、ミステリアスな顔つき。
静かにそこに立っているのに、うねりのようなものを感じる佇まい。

 

一度だけ船越桂に絵を教わったことがある。
彼が客員教授を務める造形大学のオープンキャンパスで、デッサン講座を開催していた。
三年前の夏だ。開催をパンフレットで知り、広い大学の奥の方にある彫刻科のアトリエに、友人とドキドキしながら歩いていったのを今でもよく覚えている。
モデルを教室の真ん中に座らせ、その周りを囲んだイーゼル、という私にとっては慣れた風景だったが、それはいつもより緊張する体験だった。

 

船越桂は、私のデッサンを見て、とても基本的なアドバイスをしてくれた。
「頭の切れ方がよくない。もうちょっと全体的に上に上げてみたらどうかな。」確かこんな言葉だったと思う。
それは私に安心のようなものを与えてくれた。
彼のように個性的な作品も、私の習うような基礎と同じところから生まれている。
決してただやみくもに、人と違うことをしようとした結果ではないのだ。
ともすればアートは、ただ突飛であればいいという見方をされがちだ。
作品が作者の中だけで完結し、閉じられた世界になってしまう。
すると、作品に触れる人たちはどこから入っていけばいいのか分からず、「分からない」という言葉で、作品と会話することをやめてしまう。

 

しかし船越桂は、むしろ造形としての基本を大事にする。
「作っているものが、ちゃんと成り立っているかどうか。立体としてでも、作品としてでも。」
制作に関して彼がこう発言したことからもそれはうかがえる。
その確固たる考えは、作品を見る人との間でツールとして働き、作品とのコミュニケーションに生かされる。
だからこそ私は肩から手が生えていたり、体の前後が逆になった不思議な彼の作品にも、どこか懐かしさを感じ、会ったことのあるような思いが生まれるのだと思う。
きっとそのとき私は作品と会話をしている。
アイコンタクトとか、スキンシップではなく、はっきりと言葉を使って。
こんな思いを呼び起こされるのははじめてだったので、私は本やインターネットで彼について調べた。
一体彼はどのようにして作品を作っているのだろう。

 

彼は丁寧に丁寧に何枚もデッサンをしてから、「運命的な出会い」をした楠を土台にして形を表していくそうだ。
さらに洋服の部分や顔の部分に彩色を施し、大理石で目を入れる。
目の部分は、白い大理石に色鉛筆で瞳を手描きし、エナメルに長時間浸したものであるという。

 

そして、彫刻作品の一つ一つに付けられた名前がなんともユニークであることを知る。
「月から降る雨」
「本の中の水路」
「白い歌をきいた」
「風をためて」
「深い水の内側」
…月から降る雨という名前が付けられていても、実際に月があるわけでもない。
本の中の水路という名であっても、本があるわけでもない。
まるで詩のような、抽象的な表現である。
ともすればこのような命名の仕方は、作品そのものと離れて一人歩きをしてしまいがちだ。
しかし彼の作品はなぜか、この詩のような名前たち以外、作品に寄り添わない気がする。
むしろこの不思議な名前たちが、作品と見る者を繋げてくれる。

 

制作することは会話すること。
私は今まで、制作することは表現することだと思っていた。
いかに正確に私の思いを見る人に伝えられるか。
もちろん表現を磨くのは大切なことである。
だがそれが最終的な到達点ではないと気づいた。
きちんと自分の思いを伝え、相手の思いを受け取る。
そういったコミュニケーションが取れる、開かれた作品でなくてはならない。
見る者が入り込めるよう、ドアの鍵は開けておかなければならない。
だから私は、まずは言葉で誰かとつながれる自分でありたいと思った。
日常のコミュニケーションから、非日常のコミュニケーションは生まれるのではないだろうか。

 

船越桂の作品に実際に出会ったのも夏だった。
静岡の掛川にある資生堂アートハウスで、やっぱり彼の作品は静かに佇んでいた。
近くもなく、遠くもない、いとこに会うみたいな懐かしい気持ちになって、私はきっとちょっと緊張しながら、でも話したいことをいっぱい浮かべながら、少しずつその作品と会話ができたと思う。

 

梅雨のような、夏のような時期、やっと心が晴れてきた。

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精神科の先生に「(初診のときより)だいぶ落ち着いてきましたね」と言われ、ほんわか嬉しかった今日の診察帰りです。

 

暖かくなってきたせいか、通院+カウンセリングの成果が出てきたのか、ここのところずっと気分が上がっています。ちょっと上がりすぎるときもあって、もしや躁転したかなーなんて思っていたのですが、幸い特に問題となるような行動をするまでには至らず、全体的に底上げされたのだろうということになりました。

 

うつ状態がひどかったときに、「双極性障害の治療では通常使わないけどちょっとだけ使ってみよう」と半錠だけ飲んでいた抗うつ薬も減らすことができました。ほとんど影響しないくらいの量だったということではありますが。「これを減らせたのもいい傾向だよ」とお医者さんがほめてくれて、嬉しかったです。

 

とはいえ、以前よく相談させてもらっていたお友達が「薬を使って健康的な生活を送れるのであれば、減薬にこだわることはないと思う。」というようなことを言っていたことにすごく納得しているので、今は薬を飲むことに抵抗もないし、減薬できないと、という焦りもありません。それまでは薬を飲むこと自体がすごく不健康な気がして、いつも気分がどんよりしていたような気がします。

 

先日、久しぶりに会った知り合いに、「病気(障害)とすごく向き合っているね」と言っていただけたのも嬉しかった。積極的にカミングアウトして活動するようにしたことも、活動を制限されるどころか、可能性が広がっているように感じます。

 

眠すぎて悩んでいたこともあったけれど、たくさん寝て疲れがとれてきたのかもしれません。最近は、朝の目覚めがよくなったので、noteでも文章を書いていたりします。

 

note.mu

こことの使い分けとしては、ここは自分の考えを整理したりする、「自分のための文章」。noteでは、ここで考えたことや普段気づいたことなどを少しコラム的に、「誰かのための文章」として書いています。Twitterで配布してたスマホ壁紙カレンダーもnoteにまとめて落とせるようにしています。あっという間に、6月ももう後半。次のカレンダーを考えないとですね。

 

君が君というだけで愛しているよ

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タイトルは20年来の親友にあてて書きました。翻訳文っぽいですね。でも本当に、この一言だから、仕方ないんです。

 

あなたは自分のことが嫌いだと言います。自分のことをいいねと言ってくれる人の意見は信じられない、と。でもわたしが、まだ大して繋がりがなかった中学生の頃に、あなたの絵や書き文字が本当にかわいくて、「もっと見たい」と言ったとき、あなたは喜んでくれたと思えました。それからずっと、形や接し方は変わっても、お互いずっと絵を描いています。

 

まだインターネットできる環境ばかりのお家ではなかった頃、ポストペットをやっていると知って、嬉しくてメール交換をはじめたこと。(当時自分のペットは、当時の好きな人の名前ではずかしかった)たくさんたくさん、思い出があります。

 

あなたはつらいとき、自分を奮い立たせるように強い言葉を吐きます。でもそれが棘になって、自分自身に刺さって、またつらくなって、というループになっているようにわたしには見えます。つらいときに吐き出すのは大事だけれど、そんなに自分のこと、傷つけないでほしい。自分のこと今はまだ嫌いでもいい。でもわたしはあなたのことが大好きだから、それに免じて少しやさしくしてやってもいいかな、って思ってくれたらうれしいなと思います。

 

いつもわたしにかけてくれるような優しい言葉を、ときどき自分にもかけてみてください。自分のこと、友達だと思ってみたらいいんじゃないかな?できないかな。そしたらゆっくりやっていきましょう。わたしも手伝うよ。

 

これからもわたしはあなたとずっと一緒に笑っていきたい。どんな距離感でもいい。ずっと大切な親友と思わせてください。

気分が上がっている日も下がっている日も、1日は1日

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相変わらず上がったり下がったりを細かいスパンで繰り返しています。ます子です。楽しいことや、たくさん人と会うことや、緊張することがあった次の日からはどうも寝込んでしまうことが多くて、色々支障が出てました。が、同時に、付き合いはじめた友達にもそれを理解してもらえて、ありがたいな〜と感じる日々でした。

 

双極性障害の場合、下がっているときがあってもいつかは上がるんですよね。幸い(?)わたしは波の間隔がすごく短くて、下がってつらくてもちょっとがまんすると上がってくれます。間隔が短いことはコントロールしづらくなるのであまりよくないことのようなんですが、わたしの場合は助かってます。

 

今日は、買い物をして、Fabcafeで夫の制作に付き合ったり自分もグッズを作ってみたり、家電量販店でApple Pencilに感動して、2キロほど走って、料理をたくさん作って、Twitterもガンガンやって、これを書いているという感じで、とても活動的な1日でした。たぶん、わたしの普段の気力と体力からしてみると、かなり過活動だと思います。でも、それを自覚できるようになったのは進歩かもしれない。

 

気分を上げる方法は色々あるけれど、わたしにとってはやっぱり運動が一番だなと思っています。最近、昔ハマってたフットサルを時々やったりしているのですが、気分がすっきりするし、最近の食べ過ぎからの罪悪感も少しマシになります。数年前から時々走っているのも、またがんばろうと思えて、今日久々に走ったらすごく楽しかった。わたしは走るのがすごく遅いので、今までEDMとかアゲアゲ系の音楽を聴いてテンションを無理やり上げようとしていたのですが、今日ははじめてJUJUのジャズカバーアルバムを聴きながら走ったら、ペースが合うのか、とても気持ち良く走れました。

 

そんな風に走ったあとに、夫と話してて出てきた言葉です。

 

自分の心や体が言うことを聞いてくれないことが多くて、げんなりすることもあるけれど、双極性障害の波のごとく、また上がるときがくるんだと、思い出せるようにしたいです。いつもいつもたっぷりスポーツする気力はないけど、できるときは楽しみたいし、厳しいときは近くのコンビニまででも歩こうかな、とか。

 

 ここでは、元気のないときにいつも文章を書いているのですが、元気なときのことも残しておこうかと、そんな感じでまとまりなく終わります。明日は通院とカウンセリング。あと、ずっと行けてない、もはや登校拒否になっているテニススクールにも、コーチに心配をかけているので勇気を出して行きたいです。ちょっとだけ、がんばるぞー!!おー!!

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