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流れるように流れない

イラストレーターます子の、考えたこと、気づいたこと

「そのままの君でいい」という言葉に少し付け足したらすんなり分かるようになったよ

「君は君だよ♪だから誰かの真似なんかをしなくてもいいよ♪」(君は君だよ/SMAP)
「もっと自由に♪もっと素直に♪強がらないでそのままの君でいいんじゃない?」(そのままの君でいて/岡本真夜

とか…「そのままの君がいい」というニュアンスの言葉はとてもたくさん世の中に転がっていて、
また悩んでいるときにそういった言葉をかけてもらったこともありました。
ですが、わたし今までずっと納得がいきませんでした。
そのままの君…でよくねーわ!!(ノ ゜Д゜)ノ == ┻━┻\ガシャーン/
と思ってて全然同意できなかったんです。素直に喜べなかった。


その「そのままの君がいい」という意味ですが、わたしなりにすごくすんなりと理解できたので、ここに書いておこうと思います。


今年の1月頃が、いままでの人生の中でたぶん一番つらい時期だったんですが、
その頃に会ってずっと会っていなかった方に、当時のわたしについてこう言われました。
「ナイフがあったら人を刺すんじゃないか…死ぬかころすかみたいな顔してたよね」
笑ってしまったんですが、やっぱり人にも見えてたんだなぁと思いました。
そしてそう言ってもらえるほど元気に見えるらしく、わたし自身も今やっと楽に笑えるようになったと実感しています。
そのへんの話もぼちぼち書きます。後々の自分のために。


で、たくさんの変化がありました。
物事の捉え方や世界の見え方がガラッと変わりました。
どうしても好きになれなくて捨てたかった自分を、やっと捨てれたのだと思いました。
もうわたしは変わったのだと、そう思えたときもありました。
でも今度は不思議なことに不安になってきた。いつも楽しいことが。悲しさで胸が痛まないことが。
わたしは薄っぺらい人間になってしまったのかと、ざわざわしていました。


でも自分はちゃんといました。
少し体調が悪くなってしまう時期があって、そんなときは過敏な感覚の自分が顔を出すようです。
普段気にしないようにしていたことがなだれみたいに落ちてきたり、他人のなんでもない一言にひどく傷ついて泣いたりします。
前はそれがいつもだった。今は、それが時々になっただけでわたしはちゃんといました。
そして、自分の世界が変わったように見えたのは、世界とうまく適応できる手段ができただけだったんです。
Twitterですごくしっくりくるリプライをもらいました。

@benelux01
@masco 波乗り上手くなったけど、乗ってる人は変わりません。 世の中の荒波を乗り切ってやるぜー!的な。 なるほど。人生サーファー。


ほんとにこんな感じで、うまく乗れるようになるというのは、波を見てそれにあわせて自分の体を操れる具体的な手段が身に着いたってこと。サーフィンやったことないけど。
最初のうちは激しい波がきたり自分のコンディションが悪いとうまく乗れないかもしれないけれど、たくさんの手段を身につけ、判断ができればきっとどんな状況でも対応できるようになる。
別に乗ってる人を変えなくてもいいんです。今すぐ乗れなきゃなんてことなければ。
何かができるようになることは、手段が増えるということ。
その人のツールが増えるということだと、わたしは思います。
逆に今自分に「これができたら…」「こういう自分だったら…」と思うことがあったら、そういう自分になるための手段だけ身につければいい。


手段だけっていって簡単じゃないのはわたしも痛感してきました。
声が低くてよく電話で弟に間違えられて悲しい、とかたくさんのことでつらい思いをしました。
でも低い声が悪いわけではない、ということ(好みはあるでしょうが)、そして魅力的に見える方法を知ったら、ずいぶん落ち着きました。
わたしは高いかわいい声に憧れてたけど、その声だけが欲しいわけじゃないと気づいたからです。
高いかわいい声をしている人を見て、その人に似合っていて素敵だなと思うだけだったんです。
他人の悩みだったら、「たしかに高くはないかもしれないけど、落ち着いたいい声だよ」とか言ってあげれていたので、わかってはいたのだと思います。
分かってるけど気持ちがついてこない、とよく口にしていました。
だからあとは感情を少し置いておくことだけでよかったんです。


たとえばどんなに素敵な目をしていても、まっすぐ目を合わせられなければその魅力を発揮しきれないと思います。
わたしはどんなことも、人にどんなに褒められても、自分で認めてあげられないとちっとも嬉しく思えませんでした。
「気にしなくていいよ、大丈夫だよ」というなぐさめの言葉より、「もっと喋るのゆっくりにすると優しい印象になる」といった具体的な方法論を調べて考えて実行するほうが、結果的に健康的にポジティブになれました。
自分のコンプレックスだからこそ、感情的になってしまうとどんどん悲しくなってしまうので、できるだけ具体的な手段を考えることが、向かい合えるコツだったみたいです。


すごく大きなことを言っているようで、これだけでは対応しきれない話もあるかもしれないですが、
わたしはたくさん悲しい思いをすることがもう本当につらかったので、
できるだけ悲しい思いをしないように、いろんなことを少しだけ頑張っています。
たとえば胸もやせたけど(´;ω;`)ブワッ、でもそれでも筋トレをしていて、そうするとちっとも変わらなくても頑張ったんだからいいのかなと思えたり、スリムな胸に似合う洋服を考えてみたりしていたら、少し納得できるような気がしてきました。
お金がたくさんあったら声も胸も変えようとしていたかもしれないけれど、でもそれができないことを悲しむのも違うので。
現状を変えたいと思うことは必要だけど、悲しむのは全て悲しくなってしまうだけなので。
もうたくさんたくさん悲しかったから、悲しいにどっぷり浸かるのは飽きたのだと思います。
そしてどっぷり悲しんでしまうと、本当に悲しいことを、ちゃんと感じられなくなってしまうから。



「そのままの君がいい」という言葉にわたしなりにつけたすのなら、
そのままの君がいい、でももし今君が自分のことを好きになれないのなら、少し楽しく思えるようにしたらいいと思う、という感じです。
そのままの自分をどう見せるか、どういう自分かで過ごすのは、
本当に自分次第だなと思います。
ほんの小さなことでも、変わりたい方向に行動してみるだけで全然違ってきました。
そして、もし行動する元気も出ないくらい悲しいときは、無理して行動せずにちゃんと自分を悲しませてあげることにしました。


わたしの根本はきっと変わらないし、変えなくていいと分かりました。
ただこうしたら少し楽しくなれる、という手段を見つけて取り出せばいいと。どんなに好きになれなかった自分でも、ちゃんと世の中とつながっていける方法が世の中にはたくさんあると。
今自分の中に好きになれないことがあっても、自分自身を否定しなくてよかったんです。そこをずっと、間違えていました。
「そのままの君」丸ごとを変えなくても、幸せになれる方法はちゃんとありました。
今はこの言葉が、まったく違って聞こえます。