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流れるように流れない

イラストレーターます子の、考えたこと、気づいたこと

植物の正しさに助けられていることに気づいた話


わたしには確かなものというのがあまりないので、
何かを基準にして自分の今の状態や今後の進み方を確かめる、
というのがすごく難しい。
気分も体調もコロコロ変わるから、ものさしがバンバン変わってしまう。
それがずっと不便だし苦しいなと思っていた。

特に深いことは考えずに育てはじめた鉢植えが、わたしにすごく安心をくれるものだと最近気づいた。
バイト先で、気になる鉢植えがあるとちょこちょこ連れて帰って、
いつの間にか家にはたくさん植物があって、どれも元気に生きている。

植物を育てるのはすごく苦手意識があって、シクラメンが大好きだったのだけどよく枯らしてしまっていた。
ベランダにしなびたシクラメンの鉢植えがゴミみたいになってしまうと、罪悪感でいっぱいになったのを、ずっと昔のことなのによく覚えている。
好きな人と一緒に暮らしていたときには時々おみやげに小さな鉢植えをくれた。
たくさんの植物を育てたけど、その植物がどんな環境だと元気でいてくれるのか、
わたしは調べもしなかったから、どれも長持ちしなかった。
人間側の気分でお水をあげたり、日にあてればいいってもんじゃないって知らなかった。
相手のほしがるものに気づいて必要なものを与える、シンプルなことが、わたしはうまくできなかった。
自分も人間関係も植物を育てるのと似ているのを知らなかった。

今も、自分自身のことも世界のことも多分全然まだまだうまくできなくて、
水が必要なときに肥料を与えてみたり、日にあたりすぎてるのに日向に出したり、
諦めて放置してしまったり、とんちんかんなことをしているんだと思う。
自分も世界もわたしには難しすぎて、
いつもいつも円滑に進めることはなかなかできない。

でも植物はわたしのお世話が合っていればみずみずしく立ち上がっている。
わたしがハイテンションでるんるんで過ごしていても、もうだめだとこの世の終わりのような顔をしていても、影響されないでいてくれる。
気分が落ちてるときにお水を切らしてしまって心配で涙がでたこともあった。
でも植物が自分の中の正しさで、咲いたりしおれたりしている。
それがゆるぎないので、それにすごく救われる場面が増えた。
正しいことを見せ付けられるのは、自分があてはまっていても外れていても居心地が悪くて苦手だったからへんな感じだけど、悪くない正しさが見つけられたのかもしれないなあと思う。