流れるように流れない

イラストレーターます子の、考えたこと、気づいたこと

テニスをしてたときのはなし

小学生から中学生卒業までわたしは6年間ソフトテニスをしていた。
中学でテニス部に入ってテニスをはじめる子より3年間経験があるので、
先生や先輩に少し特別な目で見られていたし、同級生とうまくやるために結構な労力を使ったのを覚えている。
でもテニスが大好きだったので、毎日毎日アホみたいにボールを打っていた。
結果をずっと期待されていて、同じように小学校からテニスを始めて他の中学に進んだ子達はどんどん結果を出している中、
わたしは公式大会でちっとも結果が出せなくて、パートナーの子ともうまくいかなくて、
落ち込みすぎて落ち込みが当たり前みたいになってしまってた。
それが変わったのは2年生のときだったけど、それを今日ふと思い出したので書いてみる。

転勤でうちの中学にやってきてテニス部の顧問になってくれた男性の先生。
確か3年生が夏に引退したあとの秋口、
やっと自分たちがメインのコートを使えるようになったときだったので、
仲良い子たちと居残り練習をしてラリーを楽しんでた夕方。
ふらっとコートを見に来て、当時市内で一番結果を出していた先輩の2年のときよりうまい、とかなんかいろいろ声をかけてくれてなんぞこの人、って思ってた。

それから本格的に指導してくれるようになってからは、目から鱗のことばかりだった。
わたしたちは市内で弱小だったのをなんとかしようとしつつもいつの間にか諦めの気持ちに慣れてしまっていたようで、それを指摘された。
「負けて笑うな。悔しがれ。コートの中でミスして笑うな。」
それはつらかった。自分たちがちっとも笑える場面がないことを思い知らされてつらかった。
それから今までずっと試合の前日に根詰めて練習していたけど、
「前日に練習しすぎてもういやだってなるより、もうちょっと打ちたいぐらいでやめておけ」
といわれて、ああそれもそうだな…なんて思って前日は体のメンテナンスをしたりしてみた。
技術の面でもたくさんのアドバイスをしてくれたけど、
試合の日は試合の3時間前には起きてバナナなど消化のいいものを食べるとか、
気持ちが浮ついてしまうと腰が高くなってしまうので腰を落とす意識をすれば気持ちも落ち着くとか、
試合にのぞむ心構えや気持ちと体のつなげ方など、他の先生に教わったことのないことばかり教えてくれた。

それからわたしは大会でどんどん入賞できるようになった。
それでも大会でエースの試合割りをしてもらったのに結果を残せずくやし泣きをしたこともあったし、悩んだこともいっぱいあった。
でも今までやってきたことが何も形にならず終わるのかもしれないと思ってしまっていたので、本当に嬉しい体験ができるようになった。
信頼できるメンバーたちで団体戦を優勝して、わたしはライバルとの直接対決で勝って、うれし泣きをした3年生の夏のことは忘れられない。
うれし泣きって人生で何回もないんじゃないかな。
あのときに泣けたのは本当によかった。

思い出してたら中学の自分を思い出してもう一回がんばってみようって思ってきた。
いろいろなくしてしまったけど、それでもわたしががんばれるところはまだあるから。
そのお世話になった男性の先生は、わたしが高校に進んですぐ、急病で亡くなってしまった。
わたしは今はテニスと関係ないことをしているけど、
それでもわたしが何をやるにも土台になっているところをつくってくれた。
だから恩師だと思う。
部活を引退して受験勉強してたときに職員室で会ったとき、いつも真っ黒だったわたしが真っ白になってきもちわるいと笑ってたのを思い出す。
わたしはあれからずいぶん大人になってしまったけど、まだまだ先生の教えてくれたことをマスターできるのは先なのかもしれないなあ。