流れるように流れない

イラストレーターます子の、考えたこと、気づいたこと

どこかで誰かは見てくれていること

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季節はあっという間に変わって、夜には虫の声が聞こえて、秋の色がすこーしずつ濃くなってきました。

 

わたしはといえば、メディアにはじめて自分の文章を載せていただいたりしました。ずっと応援しているメディア、soarでの記事です。

soar-world.com

実際に反響をとてもたくさんいただき、「わたしもこれかもしれない、と治療をはじめました」という方もいました。病気のことを知ってもらったこともありがたかったのですが、それだけでなく、「気分の波とどうやって付き合うか」とか「自分のことが好きになれない、自信がない」という方々にも届いたようです。普遍的な内容にもしたかったので嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

 

そして、実際に声をあげてメッセージを送る形ではなくわたしを応援してくれていた方々のことを知りました。自分の思わぬところで、見てくれている人たちがいたのです。普段はなかなか知り得ないけれど、自分のつくったものは、きちんと世の中に届いているんだ、と実感しました。わたしは見守られていたんですね。気づかなくて、ごめんなさい。いつも一人で黙々とやっていることが多い仕事柄、そして気分の上がり下がりでよくあれこれ見失う性質上、とても嬉しかったです。

 

「一人じゃないよ、見守ってるよ」というメッセージは、今まで頼ってきた人たちがよく口にしてくれていました。それでもわたしは、「ほかの人」ではなく「自分」が信じられなくて、自分はそんな風に寄り添ってもらえるような人ではないと思って、孤独感を少しも埋められずにいることがよくありました。

 

今少し気分が上がっているときだからこう考えられるのかもしれませんが、気分が上がっているときの思考も自分の一部なのだから、思い至った今、書き記しておきます。

 

どこかで誰かは見てくれている。なつかしいあの人も、いつか会う人も、会いたいあの人も、きっと見てくれているから、だからわたしは大丈夫。みんな、大丈夫なんだと思います。